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蘇楠榮さんは戦後台湾大学の医学部も選ぶ事ができたのに、自ら農学部を選んだ人である。最近「228の思ひ出」として、一連の短歌を詠まれた。
当時台北に居た学生たちの心情を伝えるものでもあり、短歌を拾いつつ蘇楠榮さんからご自身の体験談をうかがった。
蘇楠榮さん自身は幸いにも難を逃れて、無事大学を卒業、台湾の農業改善に尽力されることになる。戦後初めて、アメリカの奨学金を得て、アメリカへ留学した人でもあり、また北海道大学の農学博士も取得された人でもあり、長い間台湾の農業に黙々と貢献してこられた。温和な話し振りの中にある気骨を感じさせられる。蘇楠榮さんの若き日の歌の数々は、万葉調の格調高い作品ばかりで、戦後四十年間短歌から遠ざかっておられたことは惜しまれるが、今また短歌に情熱を燃やしておられる。
この度の「228の思ひ出」の短歌を一部書き留めたい。
二二八の思ひ出
殺されも殺しもせずに生き延びし落人の我一九四七
北門の物見の衆に急掃射命拾ひし韋駄天我は
義勇軍の有りと聞きしも来て見れば伍長囲みて二十幾たり
機銃すえし憲兵隊を襲ふとか震へつつ聞く雨の冬の夜
日軍の埋めたるといふ手榴弾唯一の武器と心して持つ
思ひきやかの医学士の酋長の他日睨まれ露と消えんとは
基隆と高雄に大軍上陸と報せのありて衆心揺らぐ
奪ひたる銃持て集ひし角板山勝目なしとて解散となる
二二八の我は落人故き友と銃持て捨て難てに野をさまよひし
銃肩に夕陽の浅瀬を渉りにきそのせせらぎの澄める思ひ出
2月14日のフォルモサ便りを聞く→クリック
2月21日のフォルモサ便りを聞く→クリック

許文龍さんのヴィオラ伴奏に合わせて歌う
蘇楠榮さんご夫妻
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