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追悼 台湾を代表する原住民歌手、郭英男(Difang)さんが死去

 

pic台湾を代表する原住民歌手の郭英男さんが3月29日午前3時30分、糖尿病から併発した敗血症のため、台東のキリスト教病院で亡くなった。享年81歳。郭英男さんは台湾の原住民(先住民族)アミ族で1921年生まれ。原住民名はDifang Duana。

1921年、台湾東部のアミ族馬蘭社部落に生まれた郭英男さんは、小さい頃から歌を歌うのが大好きで、メロディの創作について特別な才能を発揮したという。当時は日本統治時代で、特別な娯楽も無く、伝統的な民謡を歌い、独特のメロディを考えているうちに彼にとって生活そのものが民謡のメロディとともに大自然の一部となっていった。1938年、まだ10代の郭英男さんはすでに同部落における民謡の第一人者となり、アミ族の伝統民謡を広めたいとの夢を持つようになった。1978年頃から、その実力と才能は専門家の間で知られるようになり、郭英男さんも台湾で公演を始めた。1988年にはフランスに招かれて公演、「天からの声」と大きな話題を呼んだ。

1993年、世界的に高い人気を持つドイツのエニグマが、その作品『リターン・トゥ・イノセンス』に郭英男さんの『老人飲酒歌』をサンプリングして無断で使用、このアルバムが世界中で大ヒット、郭英男さんの歌声と印象的なメロディは世界中を感動させた。しかしながら、エニグマの作品として発表された『リターン・トゥ・イノセンス』のオリジナル・メロディとその歌声が実は台湾のアミ族、郭英男さんによるものである事実は知られる事がなかった。1996年にアトランタ・オリンピックがこの『リターン・トゥ・イノセンス』をプロモーション・ソングとして使用、郭英男さんがIOC国際オリンピック協会、エニグマ、EMIを著作権侵害として訴えたことから、世界各国の原住民による音楽著作権について議論が巻き起こった。

pic『リターン・トゥ・イノセンス』によって世界的に知られるようになった郭英男さんは、1998年、78歳にして初めてのアルバム『サークル・オブ・ライフ』を発表。同アルバムのプロデューサーは、著名なワールド・ミュージック・ユニット、ディープ・フォレストのダン・ラックスマン。『サークル・オブ・ライフ』は台湾では勿論、日本でも、その大自然と一体化した純粋な音楽は驚きと感動をもって迎えられ、音楽専門雑誌で1998年のグローバル・ミュージック部門でのベスト・レコードとして選出されるなど大きな反響を巻き起こした。その後、『アミス』(来日記念盤)、『アクロス・ジ・イエロー・アース』の2枚のアルバムを発表、いずれも高い評価を受け、若き頃に抱いた「アミ族の伝統的音楽を広めたい」という夢を十分に実現した。

エニグマの『リターン・トゥ・イノセンス』は現在までに400万枚を超える記録的なセールスとなっているが、このアルバムを巡る著作権問題は1999年6月8日に和解している。同著作権問題についての郭英男さんの主張は、「西側のレコード会社にも台湾の原住民に対してあるべき尊重をしてほしい」という簡単なものだった。

レコーディング・スタジオでも、普段の通り檳榔を噛みながら歌い、録音スタッフを驚かせたという郭英男さんは、日本による統治下で青年時代を過ごしたことから日本語を解し、素朴でユーモアに富んだ人柄は誰からも愛された。1999年9月と2000年6月に、奥さんもメンバーの一人であるコーラスグループ「馬蘭吟唱隊」を率いて日本でも公演を行なった。日本の相撲やプロレスを見るのが大好きだったという。

pic偉大な芸術家、郭英男さん
私達はあなたとあなたの歌声を忘れることはないでしょう。
郭英男さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
写真 魔岩唱片 提供

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