|
 |
|
5月31日、陳水扁・総統(右)から勲章を授与された、許芳宜/ファンイー・シェウさん(左) |
陳水扁・総統が去る5月31日、台湾出身で、アメリカ・ニューヨークを本拠地とするマーサ・グラハム舞踊団の首席ダンサー、許芳宜(きょ・ほうぎ)/ファンイー・シェウさんに五等景星勳章を贈った。
許芳宜/ファンイー・シェウさんは、北部台湾・宜蘭県の出身。国立芸術学院(現在の国立台湾芸術大学の前身)を卒業した後、1994年に単身ニューヨークへ渡り、最初は「エリス・モンテ舞踊団」で舞台経験を積んだ。その後、新人2名を募集していた「マーサ・グラハム舞踊団」のオーディションに参加し、数百名の応募者がいる中、見事に入団を果たした。「マーサ・グラハム舞踊団」では、めきめき頭角を現し、入団後3年で首席ダンサーに昇格した。
長い歴史を持つモダンダンス・カンパニー
許芳宜/ファンイー・シェウさんが首席ダンサーを務める「マーサ・グラハム舞踊団」は、ニューヨークに本拠地を構える、長い歴史を持つダンス・カンパニーである。
マーサ・グラハムMartha Graham (1894-1991)は、1998年にアメリカのタイム誌が「the Dancer of
the
Century 世紀の舞踊家」と名づけた、アメリカン・モダンダンスの偉大な創作舞踊家の一人で、1926年に彼女が創立した舞踊団とダンス・スクールは80年間にわたって、多くの優秀な舞踊芸術家を育て上げてきた。
アメリカン・モダンダンスは19世紀末から20世紀初頭にかけて、ロイ・フラー、イザドラ・ダンカン、ルース・サン・デニといった女性たちによって創始された舞踊芸術。彼女らに続いて登場したマーサ・グラハムは、アメリカン・モダンダンスの第二世代と呼ばれている。
マーサ・グラハムは1926年にダンス・カンパニー=舞踊団と、ダンス・スクールを創設した。この舞踊団とダンス・スクールは、これまで80年間にわたって、数多くの優秀な舞踊芸術家を育て上げてきた。許芳宜/ファンイー・シェウさんは、そんな歴史のあるダンスカンパニーで、首席ダンサーとして活躍しているのだ。
ニューヨークを拠点に大活躍
最近、許芳宜/ファンイー・シェウさんは、マーサ・グラハムが1946年に振付けた重要な演目、「Cave of the
Heart 心の洞穴」に主演し、「ニューヨーク・タイムズ」紙、「ニューヨーク・オブザーバー」誌、「アーツ・ジャーナル」誌などのレビュー欄で絶賛された。
「Cave of the
Heart 心の洞穴」はギリシャ悲劇「王女メディア」をモチーフとした舞踊劇で、ファンイー・シェウさんはこの舞踊劇で、ヒロインの「メディア」を演じた。「ニューヨーク・タイムズ」の演劇評は、「
メディアとしてのドラマティックな炎をともなって、明るく燃え上がった」として、彼女の舞台を絶賛した。
|
 |
 |
|
今年1月号の米「ダンス・マガジン」誌の表紙を飾った、許芳宜/ファンイー・シェウさん |
アメリカの観衆をも魅了する、許芳宜/ファンイー・シェウさんの美しいポーズ |
今年2005年の1月、アメリカのダンス専門雑誌「ダンス・マガジン」は、年頭を飾る1月号の表紙にファンイー・シェウさんを選んだ。同誌はまた、「今年注目される25名の舞踊芸術家」と題した1月号の記事の中で、彼女をその筆頭として取り上げた。
台湾にも活動の舞台
マーサ・グラハム舞踊団の「顔」としてますます注目されている許芳宜/ファンイー・シェウさんだが、ニューヨークの舞台で活躍するほかに、故郷の台湾でも活動を続けている。
台湾には、1970年代に創立された「雲門舞集/クラウドゲイト・ダンスシアター」という舞踊団がある。「雲門舞集」は、現在日本で開催中の愛知万博でも、7月5日にパフォーマンスを披露することになっているが、許芳宜/ファンイー・シェウさんは、この「雲門舞集」に1998年に入団、数多くの作品に出演してきた。
また、2002年には、プライベートライフにおいても大切なパートナーであると伝えられる台東県出身の舞踊家、布拉瑞揚(ブラ・レイヤン)氏と、二人の舞踊ユニット、「布拉芳宜舞団」を組み、表現活動の幅を広げている。
「台湾から来たんだね」
5月31日、総統府内で行われた叙勲式で、陳水扁・総統は、「許芳宜さんの精妙で情感に満ちた舞踊芸術は、わが国の名を高める卓越した業績だ」と称え、「彼女は台湾の光であり、台湾住民2300万人のすべてが誇りに思っていると信じている」と述べた。陳・総統はまた、「ニューヨークで頭角を現すことはたやすいことではなく、許芳宜さんと、ヤンキース(米大リーグ:ニューヨーク・ヤンキース)で活躍する王建民・投手の二人は共に、台湾に生まれ育ち、台湾の子としての教育を受け、ニューヨークでその才能を発揮しており、彼らの卓越した活躍ぶりは賞賛に値する」とその活躍を称えた。
 |
|
陳水扁・総統(右)からの祝福を受ける、許芳宜さん(左) |
許芳宜(きょ・ほうぎ)/ファンイー・シェウさんは、叙勲の気持ちを次のように語った。「宜蘭の片田舎で育った子供時代から、ニューヨークで活動する現在まで、苦労だなどと感じたことはありません。思い上がってみたり、達成感を得たりといった、特別な感覚もなかったです。ただ、みんなが『ファンイー・シェウは台湾から来たんだね』と言ってるのが耳に入ったときにだけは、とても強い感情に突き動かされました」
陳・総統は、従来、政治や国防の分野で功績のあった人に贈られてきた国家勲章を、昨年は、アテネ五輪テコンドー競技で中華民国台湾にとって初めての五輪金メダルを獲得した陳詩欣、朱木炎の両選手に授与したが、今回はまた、文化の分野から、芸術家である許芳宜/ファンイー・シェウさんを選んで叙勲した。 |