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2日に行われた、両岸対話の「顔」、故・辜振甫氏の追悼式。シンプルな式場は辜振甫氏の素朴な精神を表しているよう。 |
今年1月3日に亡くなった、中華民国の対中国大陸窓口機関、海峡交流基金会の辜振甫・董事長の追悼式が2月2日、陳水扁・総統、呂秀蓮・副総統らが参加して台北市内の国父記念館で行われた。式典ではまず、総統府が故人の国家への貢献を称える「褒揚令」が読み上げられ、陳・総統が遺族に中華民国国旗を贈った。総統府の褒揚令では、経済貿易面での発展を促し、台湾海峡両岸の平和を追求した故人を称えている。陳水扁・総統は弔辞で、辜振甫・董事長を台湾の社会が最も尊敬した人物と最大級の賛辞で称え、故人は経済貿易分野で卓越した実績を残したばかりでなく、社会からの信頼と熟練した外交手腕を以って、極めて複雑で敏感な台湾海峡両岸問題の処理において、キーマンとしての役割を見事に果たしたと賞賛した。陳・総統は、辜振甫氏は台湾の土地改革、公営事業の民営化、基礎工業の発展、金融資本市場の整備など、台湾の発展のいずれの段階にも参与したほか、日本との国交断絶時には、両国の窓口機関相互設置の協定を結び、また、中華民国総統の代理特使として、APECアジア太平洋経済協力会議にも幾度と無く参加するなど、台湾の国際社会における地位向上に大きく貢献したと指摘している。
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故・辜振甫・総統府資政(対中国大陸窓口機関・海峡交流基金会董事長を兼務。総統府資政は上級顧問のこと)の追悼式に出席した陳水扁・総統は、辜振甫氏の未亡人、辜厳倬雲・女史に中華民国の国旗を贈って故人の功績を称えた。 |
中国大陸の対中華民国窓口機関、海峡両岸関係協会の孫亜夫・副会長(右から二人目)と同協会の李亜飛・秘書長(左)も、故・辜振甫氏の
追悼式会場を訪れた。
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故・辜振甫氏は、日本の政財界、学術界とのつながりも深く、2日の追悼式には、日本の国会議員連盟、日華議員懇談会の会長である平沼赳夫元経済産業大臣、同連盟幹事長の藤井孝男衆議院議員、日本の対中華民国窓口機関、財団法人交流協会の服部礼次郎会長と高橋雅二理事長、日本経済団体連合会の和田龍幸事務総長、NTTドコモの平田正之副社長、産経新聞の住田良能社長、国際教養大学の中嶋嶺雄学長、日本アジア航空の市川護社長、早稲田大学の西本武彦常任理事、東亜経済人会議の香西昭夫日本委員長ら、日本の政財界、学術界から50人余が駆けつけて故人を偲んだ。
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陳水扁・総統(前列左から三人目)は辜振甫氏の遺族に哀悼の意を表した。 |
中国大陸から台湾入りした、海峡両岸関係協会の孫亜夫・副会長は2日午後には離台。孫・副会長は空港で報道陣のインタビューを受け、両岸関係の改善を望む台湾側の気持ちを強く感じたと答えた。 |
追悼式に合わせて、中国大陸の対中華民国窓口機関、海峡両岸関係協会の孫亜夫・副会長と李亜飛・秘書長が1日に訪台、2日には追悼式会場を訪れて弔意を表した。孫・副会長は中共国務院台湾事務弁公室の副主任でもあり、北京当局の高官が台湾を訪れるのは異例。今回、二人は海峡両岸関係協会の汪道涵・会長の個人的な代理として、汪・会長が故人の遺族に当てた親書を携えて台湾を訪問。二人は、汪・会長に代わって弔問するために訪台したとし、今回の訪台が両岸双方の窓口機関の接触を意味するものではないとしている。二人は2日正午に追悼式会場で弔意を表した後、午後には上海に向けて離台。陳水扁・総統は午前に行われた追悼式典での弔辞の中で、汪道涵・会長の健康状態と時間が許すならば、台湾に来てもらいたいと述べて汪・会長を台湾に招請する意向を改めて示した。孫亜夫・副会長と李亜飛・秘書長は離台前に中正国際空港で報道陣の質問に答え、両岸関係がおだやかになるよう希望すると述べると共に、陳・総統の招請を汪道涵・会長に伝えると語った。
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野党・国民党の連戦・主席(右)は、国民党の党の徽章を辜振甫氏の未亡人、辜厳倬雲・女史に贈り、故人が国家に尽くした貢献を称えた。故人は国民党政権の時代だけでなく、現職の陳水扁・総統にも重用され、優れた政治家、そして企業家として内外に広く知られている。 |
報道陣に囲まれた中国大陸の海峡両岸関係協会の李亜飛・秘書長(右から二人目)、辜家から同協会の汪道涵・会長へ宛てた返事を預かったことを明らかにした。 |
故・辜振甫氏は、中華民国の対中国大陸窓口機関、海峡交流基金会の董事長として、中華民国政府の委託を受ける形で、1993年にシンガポールで中国大陸側・海峡両岸関係協会の汪道涵・会長と会談、中華民国政府が台湾に移って以来、40数年ぶりの両岸代表による接触として世界的に注目を集めた。辜振甫氏はその後も中国大陸を訪問、当時の江沢民・中共国家主席と会うなど、両岸対話を象徴する人物として知られ、1999年に当時の李登輝・総統が、両岸は国と国との特別な関係とする「両国論」を打ち出したことで、対話が途絶えてからは、中国大陸側の汪道涵・会長に対話の再開を再三呼びかけていた。 |