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『台湾通信』 (1月16日放送分)

「海峡両岸関係協会董事長の辜振甫氏が死去」 1月16日放送分を聴く

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 1月3日、海峡両岸関係協会董事長(会長)、台湾セメント前董事長の辜振甫氏が87歳で死去した。

 台湾の人たちの間でも評価が分かれるこの人物は、その評価はともかく、現在の台湾で最もスケールの大きな人物だったといえる。その辜振甫氏の台湾史における意義を考えてみたい。

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 辜振甫氏の祖先の出身地は中国大陸福建省。日本植民地時代の台湾彰化鹿港の出身。当時、台湾の5大家族の1つである辜顕栄氏の5男。台北帝国大学卒業。東京帝国大学で経済学を学ぶ。1937年に辜顕栄氏が東京で死去すると、20歳代だった辜振甫氏が父親の事業を引き継ぐことになる。 

 辜振甫氏は30歳の時、台湾独立を主張したとして投獄された経験を持つ。1986年、国民党中央常務委員。

 辜振甫氏は台湾の最も代表的な経済人。経済団体の工業総会理事長、工商協進会理事長を務める。父親の事業を引き継いで拡大し、台湾水泥(セメント)、中国信託、中国人寿(生保)から成る和信グループを創設した。

 また日本との関係も深く、晩年には台湾の大手企業トップから組織される交流団体「三三会」の初代会長なども務めた。

 二番目の妻である厳倬雲・女史は、清末の著名な学者である厳復氏の孫。辜振甫氏は中国の伝統文化に深く傾倒し、自ら京劇を演じた。

 1990年に海峡交流基金会が成立した際に董事長に就任し、現在に至る。1993年には北京当局の対台湾窓口団体である海峡両岸関係協会の汪道涵・会長とシンガポールで会見し、両岸の対話に新たなページを切り開いた。しかし1996年に当時の李登輝・総統がアメリカを訪問したことから両岸関係が硬直化した。

 1998年に中国大陸を訪問し汪道涵・会長と会見するとともに、当時の江沢民・国家主席ら中共のトップとも会見した。

 第2回の辜振甫・汪道涵会談が予定されたが、李登輝・総統が1999年に両岸「二国論」を発表したことで両岸関係は再び硬直化。その後も辜振甫氏は汪道涵・会長との会談を繰り返して呼び掛け、汪道涵・会長の台湾訪問を要請したが、実現しなかった。

 また辜振甫氏は、李登輝・総統の特使として3回にわたり、APEC非公式首脳会議に出席しており、各国首脳との親交も深かった。

 中信グループの辜濂松氏は、辜振甫氏のおいに当たる。※

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☆ 『台湾通信』 ☆

パーソナリティー : 早田健文、王淑卿

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